さくらと寅さんと山田監督と

フーテンの寅。

 言わずと知れた、国民栄誉賞俳優である渥美清主演の映画シリーズ「男はつらいよ」の主人公、車寅次郎の愛称だ。

 世界最長の映画シリーズとして、ギネスブック国際版に認定された「男はつらいよ」は、自分にとって年を重ねる毎に敬愛の念が増幅されていく作品だ。

 私はこの映画の中で、とりわけ、寅さんが妹のさくらだけにそっと漏らす本音の語り口のシーンがとても好きだ。そのフィルムの中には、大衆娯楽の喜劇作品という枠を大きく超越した美しさと感動が凝縮していると感じられてならない。

 山田洋次監督は、かつてこの映画シリーズを振り返り、

「あの映画は、寅さんとさくらのラブストーリーだったね」 このような興味深いコメントを発してくれている。

 山田監督は、他にメガホンを取った作品にも感じられることであるが、女性の描写をとらえたシーンの作り方に繊細な想いの配りが見て取れ、私はその監督の心の在り方にとても惹かれている。中でも「男はつらいよ」のさくらに寄せる愛情の深い作り込みは、特に秀逸だ。

 男は男の目線と心があり、それは女も同様。どだい優秀な脚本家であり映画監督であっても、異性の心の描写という業には、超えられない絶対的な壁の存在があるものだ。映画には、この超えられない壁といかに向き合っているのかという足跡の質が問われる側面がある。

 私は、山田監督が48作ものシリーズで果敢に壁と向き合ってきた繊細なる心の在り方に、揺るぎない敬愛の念を抱いている。

 「さくら」は、山田監督そのものなのかも知れない。


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