待ち合わせ場所

 かつて、誰かと会う約束のために待ち合わせを行った場所がある。それは幾つもあるように思えて、記憶に残ってくれているのは、ほんの数箇所の場所だけ。

 今日、その中のひとつに数えられる場所の前を偶然通過し、私は軽く会釈をしながら通り過ぎた。

「あ、ここで私を待ってくれていたんだ」

 街には、待ち合わせの名所と呼ばれる場所がいくつか存在する。JR駅の構内のとある場所であったり、中心市街地の大型店の玄関前であったり。私もそれら名所で待ち合わせを行ったことはある。しかし、名所で待ち合わせを行った相手の記憶は、ほとんど残っていない。待ち合わせの名所では、常時多くの人が誰かを待っている。そんな大勢の中の一人というシチュエーションが、己の記憶から外されてしまう要因になるのかも知れない。わがままな私、待ち合わせの相手となる特別な人は、その場所にたったひとりで自分を待っていて欲しいのだ。

 私よりも早い時間に現れ、待っていてくれた特別な相手がいてくれた場所。待ち合わせの名所ではない、私と相手だけが決め交わした約束の場所。

 今、それらのことを忘れてしまえる者ではない自分に、強く安堵している。

「あ、ここで私を待ってくれていたんだ」

 そこには今も、これからも、自分だけに向けてくれた特別な笑顔が居てくれる。

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