ディア・マレッタに捧ぐ
カーティス・クリーク・バンド。
このバンドのことをスラスラと解説できる音楽ファンは、今一体どれほどいるだろうか。
1979年、私が中学生の時に、彼らはアルバム「Spirits」を発表し、デビューした。当時、私はその音楽を、東京の大学生だった従兄のコレクションの中からキャッチして聴き出していた。
その頃の私は、仲の良い友人に自分の好きな音楽をテープに録音してギフトにするという儀を好んで多用していた。そして、一発で己の心を捕らえてくれたこのデビューしたてのフュージョン・グループの一作品を、そんなギフトにラインナップさせたことを今でもしっかりと記憶している。その他の曲は、よく思い出せない。不思議なものだ。
その曲とは、『ディア・マレッタ』。
しばらく忘れていたこの楽曲を、先日およそ40年ぶりに聴き入る機会を得た。
「ディア・マレッタっていい曲だよね」
40年前、大学生の従兄に、実はカーティス・クリーク・バンドをこっそり聴いていて、とりわけこの一曲に聴き惚れていることを打ち明けたことがあったことを思い出していた。
「そうなんだよ。最高なんだよ」
従兄は、しみじみとそう私に言葉を返してくれた。
40年ぶりに聴き触れた「ディア・マレッタ」は、初めてこの曲に触れた時に得られた感動と喜び、それに繊細なメロディに無条件で誘われる切なさに、当時も今も私の感受性に変わらぬ響きを齎してくれる。
以前私は、とても美しい夕陽の空を目にして、こう当時のブログに呟いたことがあった。
「こんな燃えるような美しい夕陽の時間を共に過ごしたいと思える人は、きっとこの世で一番大切な人なのでしょう」
そんなしみじみとした台詞を引用するとしたなら、こう続けよう。
「そして、『ディア・マレッタ』を一緒に聴きたいと思える人に出会えたなら、君の恋はきっと本物だと思う」
中学生の自分に、「あの時、この曲をキャッチしてくれてありがとう」
そう声をかけてあげたい。
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